福岡地方裁判所飯塚支部 昭和28年(ヨ)14号 判決 1954年1月19日
申請人 西村勇亀 外一名
被申請人 樋口鉱業株式会社
主文
被申請人は申請人両名を昭和二十八年二月二十四日当時の労働条件を基準としてその従業員として処遇しなければならない。
申請費用は被申請人の負担とする。
(無保証)
事実
第一、申請の趣旨及びこれに対する答弁
申請人等は仮に申請人両名が被申請会社の従業員である地位を定める。との判決を求め、被申請人は本件仮処分申請を却下する、申請費用は申請人等の負担とする。との判決を求めた。
第二、申請人等の主張
一、被申請人は石炭の採堀を目的とする会社であるが、申請人西村は昭和二十四年一月十五日から同仁田原は昭和十三年十二月二十八日から、いずれも被申請人経営にかゝる福岡県嘉穗郡山田町上山田所在、木城炭坑に坑内夫として雇傭されていたもので、且ついずれも右炭坑従業員によつて組織せられ、且つ申請外日本炭鉱労働組合(以下炭労と略称する)に所属する木城炭坑労働組合(以下組合と略称する)の組合員として、左の如き組合運動の経歴を有する者である。
申請人西村
イ、常任調査部長――自昭和二十六年七月一日至同二十七年六月二十一日
ロ、常任組合長――自同二十七年六月二十二日至同年八月十三日
ハ、代議員――自同二十七年十一月三日至同年十二月二日
ニ、非常任情宜部長――自同二十七年十二月三日至同二十八年一月二十二日
を歴任し組合が炭労の組織において実行した昭和二十六年秋の賃金スト、同二十七年春の退職手当スト、同年秋及び冬の賃闘ストを指導した。
申請人仁田原
イ、代議員、賃金交渉委員等を経て
ロ、非常任執行委員――自昭和二十六年七月至同年九月
ハ、常任組合長――自同二十六年九月至同二十七年六月
ニ、非常任厚生部長――自同二十七年八月至同二十八年一月
を歴任し前述の各ストライキを指導した。
二、被申請会社は昭和二十八年二月二十四日、申請人両名に対し、口頭を以て(申請人仁田原に対しては同日中更に文書を以て)、同坑就業規則第六十一条に基き、左の如き理由により即時懲戒解雇する旨の意思表示をなした。
1、申請人西村は最近組合内部に発生した不正事件に連座し、申請外二神洋服店が組合に対して支払つた謝礼金を不正借用した。
2、申請人仁田原は
イ、最近組合内部に発生した不正事件に連座し、組合の監査活動及び司直の摘発によりて、その違法性と非行が明らかとなつた。
ロ、昭和二十七年十一月十三日より同月十八日迄の間の賃上闘争ストライキの時において、組合闘争委員会の最高幹部の一人として保安放棄事件を指導し、坑内保安要員の全面入坑拒否を行い、この不法争議行為によりて会社に対し著しき不都合と損害を与えた。
三、然しながら、申請人西村には前記不正事実は全く存在しない。従つて同人に対する本件懲戒解雇はその原因を欠き無効である。尤も右申請人が昭和二十七年三月頃及び同年四月十五日の二回に亘り組合より合計金千七百七十四円の組合共済貸金(以下組合貸金という)を借用したことはあるが、右貸金は申請外月賦販売、二神洋服店からの当時組合に対する謝礼金として申請人西村が受取り、これを組合の雑収入金として申請外吉岡一郎(当時組合書記長であり、且つ組合出納責任者であつた)に引渡した十一回の謝礼金中の二回分に相当するものであつて、申請人西村は二回とも右吉岡に対し、その理由を述べ、組合貸金としての取扱の下に正当に借用したものである。元来右組合貸金なる制度は組合相互金庫と称するものと併存して、組合員の不時の入用ある場合、組合手持資金中から組合長又は書記長の許可を得て、組合員が正当に借用し得るものであつてその限度は借主一名につき金二千円と定められており、一方、被申請会社も右制度を認め、組合のなす貸付金の回収の便宜のため、借主の会社から受ける給料中より貸付金を月割にて天引した上、これを組合に引渡してやつているものである。従つて申請人西村も同年九月二十五日及び同年十月二十五日の二回に亘り各金五百円宛を給料中から会社において天引の上、組合に返済して貰つている程であつて、(尤も残金七百七十四円については同申請人が同年十一月十二日落盤のため二ケ月間負傷休業し給料を貰わなかつたため、右天引返済は中止となつている。)同申請人にはなんらの不正事実も存在しない。
四、申請人仁田原には前記二、2、イ、に掲げる如き不正事実は全く存在しない。従つて、この点を理由とする本件懲戒解雇はその原因を欠き、無効である。仮りに右申請人がなんらかの不正行為をなしたとしても、前記解雇理由は具体的に不正事実を掲げない抽象的な説明にしか過ぎないから理由を示さない解雇と同一であつて、法律上無効のものといわなければならない。仮りに、そうでないとしても前叙の如く被申請会社に勤続十四年以上の成績を有する申請人仁田原に対する解雇の通告としては著しく信義誠実の原則に違反し、法律上無効の意思表示である。
五、申請人仁田原には前記二、2、ロ、に掲げる如き事実は全く存在しない。従つて、この点を理由とする本件懲戒解雇はその原因を欠き無効である。尤も、組合が炭労の組織内において、昭和二十七年十月以降日本鉱業連盟及びこれに属しない炭坑経営者との間に生じた賃金争議につき、炭労の指令により同年十一月十三日以降同月十八日迄の間ストライキ(以下第四波ストと略称する)を遂行したこと、並びに右期間中に限つて組合が被申請会社の申出にかゝる保安要員中その一部につき差出拒否をなした事実は存在する。然しながら組合の右保安要員差出拒否の決定は次の如き事情によりなされたもので決して申請人仁田原の指導力に基因するものではない。即ち組合が前記第四波スト以前に炭労の指令に基づき第一乃至第三波として各二十四時間ストを実行した際、被申請会社木城炭坑では他の中小炭坑におけると同様、一方において組合に対し坑内外の保安要員の差出を要求し、組合の責任の下に坑内の保安維持をなさしめながら他方において、不当にも職員、準職員等組合員以外の者を以て採炭、運炭、選炭並びに送炭(貨車えの積込、発送)迄の一貫作業を遂行し、以てストライキの効力を不当に減殺し、組合の保安に関する従来迄の誠意を裏切り、所謂ストにおけるフエアプレーの原則を蹂りんしたので、炭労としてはこれに対する対抗上やむを得ず、右第四波スト前後において、採炭、運炭等をなす炭坑においては坑内保安要員は炭坑自体これを保有していることを立証するものであるからその差出申出に応ずるの要なしとの指令を発するに至つた。そこで組合は右指令に基ずき、闘争委員会(これは組合執行部役員並びに代議員二十五名を以て構成し、決議権は代議員のみこれを保有する)を開き、保安要員差出の件を審議したところ、代議員の無記名投票により、闘争委員会は前記炭労の指令に従うことを決定した。因つて、組合は右決定に基ずき、現に採炭をなす木城炭坑本坑々内における保安要員を除き現に採炭をなさない五坑の坑内及び坑外一般の保安要員のみを差出した次第であつて、たとえ申請人仁田原が当時の組合執行部役員として組合闘争委員会の最高指導幹部の一人であつたとしても、右保安放棄が同申請人の指導力に基因するものであるとは言い得ない。
仮りに、右主張が理由なく前記保安要員の一部提供拒否が申請人仁田原の指導に因るものであるとしても、それは被申請会社の自ら招来したものであつて、労働関係調整法にいう保安放棄に該当せざるは勿論、なんら不法なる争議行為ではない。従つて、かゝる正当な争議行争を理由とする解雇の意思表示は後述六の事由と相まつて不当労働行為として法律上無効である。
六、仮りに、右主張がいずれも理由ないとしても、申請人両名に対する本件解雇の決定的動機は申請人等が前叙の如き活溌なる組合活動をなしてきたこと、及び組合の弱体化、御用化を企図したことに存するから、本件解雇は無効である。即ち、被申請会社は最近組合内部に起つた所謂不正事件(これは主として前記吉岡書記長の会計記帳不備に原因する)なるものの摘発がなされたことを奇貨として申請人両名及び前記吉岡書記長を右不正事件に連座しているとの理由に藉口し、矢次早に解雇した。のみならず、更に数名の旧組合幹部を馘首し、以て正当なる組合活動を抑止し、組合の支配介入を狙つている。従つて、申請人等に対する本件懲戒解雇は被申請会社の不当労働行為であること明白であるから、法律上無効であるといわなければならない。
七、また被申請会社は組合員たる従業員を処分する場合には被申請会社就業規則第六十四条により賞罰委員会の諮問を経なければならないことになつている。然るに被申請会社は本件解雇をなすに際し昭和二十八年二月二十日、右委員会に対し、申請人等の懲罰問題につき一応の提議をしただけで、申請人等を懲戒処分に附するか否か又附するとすればいかなる種類の懲戒処分に附するかにつき、なんら具体的に諮問をすることなく、全く自己の独断を以て一方的に本件解雇を行つた。従つて、右解雇は前記就業規則第六十四条に違反する無効の意思表示といわなければならない。
八、次に前記就業規則第六十一条によれば懲戒処分は「別に定める賞罰規定」によりこれを行うことになつている。然るに、被申請会社は今日まで「賞罰規定」を作つていない。従つて、申請人等に対する本件解雇の意思表示は右第六十一条に違反する勝手な懲戒処分であつて、法律上無効といわなければならない。
九、また被申請会社は本件懲戒解雇をなすに際し、労働基準法第二十条第三項、第十九条第二項、同法施行細則第七条所定の労働基準監督署長の認定を受けていない。従つて、申請人等に対する本件解雇の意思表示は右法条違反による無効のものといわなければならない。
十、よつて、申請人等は被申請人を被告として解雇無効確認の訴を提起すべく準備中であるが、申請人西村は妻及び一子を擁し余つさえ前記の如く昭和二十七年十一月十二日坑内において作業中落盤のため休業二ケ月背椎骨折の障害を残す負傷を受けているため、他に適当な職を求めることは困難な状態にあり、又申請人仁田原は妻及び三子(うち二子は中学在学中)を抱え、生活費、学資に困窮している状態で、いずれも従来、申請人等の給料によつて生活を維持してきたものであるから、現下の状態において本案判決の確定をまつていては生活に破綻を来たすこと必定である。因つて、本案判決確定に至るまで、仮りに申請人等が被申請会社の従業員である地位を定める仮処分を求めるため本件申立に及んだ。
十一、被申請人の主張中、申請人等の主張と相反する部分はこれを否認する。
第三、被申請人の主張
一、申請人等の主張事実中、被申請人が石炭の採掘を目的とする会社であること、申請人両名が嘗つて被申請会社の経営にかゝる福岡県嘉穂郡山田町上山田所在木城炭坑の従業員であつて、且ついずれも右炭坑従業員によつて組織せられている木城炭坑労働組合の組合員であつたこと、申請人両名がいずれもその主張の期間、その主張の如き組合役員を歴任して来たこと、並びに被申請会社が申請人等主張の日時に申請人両名に対し、口頭を以て(申請人仁田原に対しては同日中更に文書を以て)被申請会社木城炭坑就業規則第六十一条に基き、申請人等主張の如き事由により即時懲戒解雇する旨の意思表示をなしたことは認める。然しその余は全部否認する。
二、被申請会社が本件懲戒解雇を行つたのは申請人等の前記懲戒事由(即ち申請人等が相当多額の組合費を横領、費消したこと、並びにこれをめぐり組合自体の監査活動が行われるに至つた際、この監査員に対して申請人等が暴行、威喝、脅追を加え、或は説得、隠蔽等をなしたこと、かゝる行為のため木城炭坑内の風紀、秩序が甚しく乱れたこと、なお、申請人仁田原については右事実の外、更に違法なる保安放棄指導の責任があること)がいずれも被申請会社就業規則第六十一条第一号、第二号、第六号、第十号に各該当するからである。
三、申請人仁田原が前記の如き違法なる保安放棄指導の責任を負担する次第は次のとおりである。
1、昭和二十七年十一月十三日以降同月十八日迄の間に炭労指令によつて遂行された賃闘スト第四波の時において被申請会社は組合に対し木城炭坑における保安採炭の必要性――例えば新四尺坑左十七片払においては(イ)これが新四尺坑通気系統の主要なる一環をなしていること。(ロ)天盤が不良なるため、適当の採炭をして切羽の進行を計らねば崩落して通気系統を閉塞し、保安障碍の直接原因を作ること。(ハ)会社としては保安強化の新企画として六百万円の鉄柱を投入しテスト稼行中の切羽であり、その成果如何は全坑鉄柱化の方向を決定するものであるから切羽と新施設は絶対に崩壊より守らなければならないこと。又本坑新七尺区右三片払においては(イ)これが本坑新七尺区通気系統の主要なる一環をなしていること。(ロ)天盤が不良なるため適度の採炭をして切羽の進行を計らねば崩落して通気系統を閉塞し、保安障碍の直接原因を作ること。(ハ)厚層採炭の保坑テストケースとして七百万円の鉄柱投入準備中であり、絶対に崩落せしめてはならないこと。(ニ)会社としては新七尺区は既往四ケ年間六千万円の起業投資をして漸く着炭に成功したところであり、目下起業中の五坑貫通開発と相まつて経営の生命線である上、右三片払は新七尺区唯一の切羽であり、絶対に崩壊せしめてはならないこと。――を強調し、保安要員の差出しについて最大限の協力を要請したが、組合は遂にこれを諒解せず、右第四波ストの第一日、十一月十三日においては別表第一の如く、木城炭坑全坑域の坑内外保安業務の完全拒否を実行し、スト第二日の同月十四日よりは起業抗道の五坑にのみ保坑関係四名、排水ポンプ方二名の保安要員を差し出しただけで本坑及び新四尺坑関係はスト終了の同月十八日迄、遂に完全拒否を続行した。
2、そこで被申請会社はやむなく坑内保安と通風系統を最少限に保持するため、炭労ストとは無関係中立の木城炭坑職員組合の組合員を使用して別表第二の如く、前記新四尺坑左十七片払及び本坑新七尺区右三片払において保安採炭を実施した。然しながら右以外の新四尺坑左十六片払、左十八片払、右十六片払、斜卸単柱区域の各切羽及び曲片坑道並びに本坑八尺区の全域は前記組合の保安要員全面拒否のため、いずれも保坑作業を放棄するの余儀なきに至つた。
3、右の如き組合の保安放棄は前記第四波スト突入前後の十一月十二日、十三日、十六日、と三回に亘る被申請会社対組合の保安要員交渉の際において、申請人仁田原が終始会社側の保安対策(主として保安採炭)を真向から否定し、頑強に保安放棄を主張し通したこと、並びに右主張をピケ隊指導者として実行したことによるものであつて、その責任を申請人仁田原が負うべきはまことに当然である。
四、被申請会社の申請人両名に対する本件解雇の手続は正当且つ有効である。即ち、被申請会社は昭和二十八年二月十二日、労資双方同数の委員を以て構成せられる賞罰委員会を開き、申請人両名並びに前記不正事件連座者の処分を諮つたところ、同委員会は同月二十日、申請人両名並びに外一名の懲戒処分を決議したので被申請会社は翌二十一日、右決議に基ずき協議の結果、遂に同月二十四日、前記の如く申請人両名に本件解雇の意思表示をなし、更に引続き、同月二十五日飯塚労働基準監督署に対し、労働基準法第二十条第三項第十九条第二項、同法施行細則第七条に基ずく解雇予告除外認定の申請をなして同年三月九日これが除外認定を受けたものであつて、本件解雇の手続にはなんら違法、不当なかどはない。
五、因つて本件仮処分申請は却下さるべきものである。
第四、証拠<省略>
理由
一、被申請会社が石炭の採掘を目的とする会社であること、申請人両名がもと被申請会社の経営にかゝる福岡県嘉穂郡山田町上山田所在、木城炭坑の従業員であつて、且ついずれも右炭坑従業員によつて組織せられている木城炭坑労働組合の組合員であつたこと、申請人両名がいずれもその主張の期間、その主張の如き組合役員を歴任してきたこと、並びに被申請会社が申請人等主張の日時に申請人両名に対し、口頭を以て(申請人仁田原に対しては同日中更に文書を以て)被申請会社就業規則第六十一条に基ずき申請人等主張の如き事由により即時、懲戒解雇する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。
従つて、本件解雇は、就業規則殊に懲戒解雇に関する条項の適用による解雇であること明白である。ところで就業規則は使用者の一方的にこれを制定することを得るものであるけれども、ひと度び客観的に定立せられんか、その後は一の具体的法的規範として使用者並びに従業員双方を拘束する。特に就業規則中懲戒解雇に関する条項は従業員の待遇につき極めて重大なる利害関係を有するものであるから強行的、効力的性格を有し、使用者はこれが条項を適用して懲戒解雇をなさんとする場合には懲戒事由の存否の認定、懲戒解雇に処すべき情状の判定等につき特に留意して客観的に妥当な適用をなすべき義務を負担する。従つて、使用者が懲戒解雇に関する就業規則の適用を誤つた場合には当該解雇は強行規定違反として無効であるといわなければならない。そこで本件解雇につき、先ず懲戒事由の存否について判断する。
二、申請人西村に対する懲戒事由並びに申請人仁田原に対する第一の懲戒事由の存否について。
申請人西村に対する懲戒事由並びに申請人仁田原に対する第一の懲戒事由が前記申請人等主張の如くであることは当事者間に争なきところであるが、被申請会社はなおこれを敷延して申請人両名は(イ)最近組合内部に発生した不正事件に連座し、相当多額の組合費を横領費消した。(ロ)右事件につき、組合自体の監査活動が行われたとき、この監査員に対して暴行、威喝、脅追を加え又は説得、隠蔽等の行為をなした。(ハ)申請人等の右行為のため被申請会社木城炭坑々所内の風紀秩序が著しく紊乱されたと主張するから以下右事由の存否について考察する。
1、申請人両名が最近組合内部に発生した不正事件に連座し、相当多額の組合費を横領費消したか否かについて
被申請人の主張する「最近組合内部に起つた不正事件」とは具体的に如何なる事実を指すものであるか、必ずしも明瞭ではないが、成立の真正につき当事者間に争のない甲第十三号証の三、二十二、二十五、二十七、二十九、乙第八号証の一、同第二十号証に証人野見山喜十郎の証言を綜合すれば、昭和二十七年十一月頃より組合内部において組合会計に不正があるとの声が起り遂に会計監査が行われたところ、当時の書記長吉岡一郎が相当多額の組合資金を横領したり不正に流用したりしている事実が判明し、組合員に相当の反響を与えた事実が一応認められるから、以下申請人等が右吉岡一郎の不正事件に連座して多額の組合費を横領、費消したか否かについて判断する。
先ず、申請人西村について審按してみると、
真正に成立したことについて当事者間に争のない甲第十三号証の三、四、二十二、二十三、二十五、二十六、二十七及び二十九、証人小田原為範の証言(第一、二回)により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一及び三、同第五号証の一及び五、に証人小田原為範の証言(第一乃至第三回)を綜合すれば申請人西村は(イ)昭和二十六年七月頃より同二十八年二月頃まで組合相互金庫――これは組合員中の有志が一口二百円を出資し積立をなし、その基金により組合員の金銭的な相互援助を行うために設けられた機関である。――の理事又は理事長をなしていたが、その期間中、同金庫より金八千円の大口借用をなし、又別途に金二千五百円、計一万五百円に上る金額を同二十七年十二月二十一日現在において借用し、その返済は翌二十八年二月五日に金八千円、その後相互金庫の清算に際し、金一千二百円を返済しただけで残金一千三百円はまだ返済していないこと。(ロ)申請外二神洋服店が組合に対し支払う謝礼金――これは組合員の同店に対する月賦販売代金を組合が同店に代り徴集する謝礼である――を受領して組合に納入する責任者でありながら、その第十回及び第十一回分合計金千七百七十四円を組合に納入せず、費消してしまつたこと、等の事実を一応認めることができる。
然しながら前記(イ)の事実が申請人西村の不正借用乃至相互金庫又は組合資金の横領等を示すものであるか否かについては、前掲甲第十三号証の二十五、二十六、二十七及び二十九、成立の真正につき当事者間に争のない同第十八号証(但し西村勇亀作成にかゝる陳述書の部分のみ)、証人小田原為範の証言(第一、二回)により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、二、三、五、同第五号証の一乃至七に申請人西村訊問の結果(第一回)を綜合すれば、相互金庫の貸出は当初金二千円を限度とすると定められてはいたもののその後、諸種の事情によりいつとはなしに右限度を超えて貸出す慣行が成立し、申請人西村以外にも既に数名の組合員が五千乃至一万円以上貸出を受け、殊に申請人等に不正ありと最も鋭く追究する組合員小田原為範でさえ、嘗つて金四千五百円の大口借用をなしたことがあること、並びに申請人西村に対する前記大口貸出は坑内夫、坑外夫の二册に亘る等記帳の形式手続に若干の不備はあるが(しかも、この不備については申請人西村の作為、策謀によつて意識的になされたと認むるに足る疎明はない)、ともかくも相互金庫の帳簿に記載されておつたこと、等の事実が一応認められるし、これに前認定の如く右借用金については遅まきながらも大部分の返済が行われている事実とを併せ考えれば前記(イ)の事実は申請人西村が相互金庫の規約を無視した不正借用をなし、又は返済の意思のない借用をなしたことを示すものとは考えられず、他に申請人西村の横領の意思を認むるに足る疎明は存在しない。
次に前記(ロ)の事実が申請人西村の横領を意味するものであるか否かについては、前掲甲第十三号証の二十三、二十六、申請人西村訊問の結果(第一回)により成立の真正を認められる甲第二号証の一、二、同第三号証の一乃至三、同第十一号証に同申請人訊問の結果(第一回)を綜合すれば、申請人西村は申請外二神洋服店より前記謝礼金を昭和二十七年三月十五日頃に金九百円(第十回分)、同年四月十五日頃に金八百七十四円(第十一回分)計千七百七十四円を受取つたが、その都度自己に入用があつたので当時の組合会計責任者である組合書記長、申請外吉岡一郎の承諾を受けて、組合共済貸金名義のもとにその都度借用し、右四月十五日頃に前記借用金を一括して借用証に認め、右吉岡書記長に手渡したこと、並びに右貸金はその後、同年九月二十五日及び十月二十五日の二回に亘りおのおの金五百円づつ計一千円を被申請会社が当時の組合貸金返還の慣行に従い、申請人西村に支払う賃金中から差引いて組合に返済したので残額は金七百七十四円となつていること、申請人西村は右残金についても返済の意思は十分持つているが、同年十一月十二日、坑内落盤事故による公傷のため二ケ月許り休業したので、その後返済できないのでいること等の事実を一応認めることができるから前記(ロ)の事実もまた申請人西村の横領を意味するものでないこと明らかである。尤も、(イ)成立の真正につき当事者間に争のない乙第八号証の二、並びに証人小田原為範の証言(第三回)によれば、申請人西村がなんらかの業務上横領をなしたとの事実が一応窺い知られるかの如くであるが、右各証拠は申請人西村が具体的に如何なる横領をなしたか、又それは如何なる根拠によつて認め得られるかについてなんら説示するところがないから、申請人西村が前叙の如く一切の横領事実を全く否定する以上、これのみによつて同申請人の横領の処為につき、疎明があつたと認めることはできない。(ロ)又、前掲甲第十三号証の三、四、二十七及び二十九に証人小田原為範の証言(第一乃至第三回)を綜合すれば、申請人西村は前記謝礼金の横領を隠蔽するために借用証を差し入れたこと、しかも、右借用証の差し入れは昭和二十七年四月十五日頃ではなくて同年七月頃であること等の事実が一応窺い知られる如きであるが、この点に関する右各証拠は前顕措信し得る甲第十一号証、同第十三号証の二十三、申請人西村訊問の結果(第一回)と比べ、たやすくこれを信用することができないから右事実もまた存在しないものといわなければならない。(ハ)また、証人小田原為範の証言(第一、二回)により真正に成立したものと認められる乙第六号証の一、二、並びに右同証人の証言(第一、二回)を綜合すれば、申請人西村が前記四月十五日頃に前掲借用証を吉岡書記長に差し入れて組合貸金を借用したのであるならば、当然その頃の組合金銭出納簿に支出としてその旨記入されていなければならない筈であるのに、その旨の記載が全く存在しないことを一応認めることができるが、この点については前掲甲第十三号証の二十三、並びに本件弁論の全趣旨を綜合すると、当時の組合会計の取扱は適任者を欠いていたゝめ極めて放漫、稚拙であつて、金銭出納に関する記帳の形式、手続ともに不備多く、右金銭出納簿の記入洩れの如きも全く、当時の記帳責任者、吉岡書記長の落度、又は過失に基因するものであることを一応認めることができるから、他に申請人西村が右吉岡と共謀して故意に前記金銭出納簿の記載をなさなかつたことについてなんらの疎明なき本件においては、右出納簿に記載なきの一事を以て申請人西村の横領の意思につき疎明ありとなすことはできない。
次に、申請人仁田原について審按してみると、
前掲甲第十三号証の三、四、二十二、二十三、二十五、二十六、二十七、及び二十九、成立の真正につき当事者間に争のない甲第十三号証の二十四及び二十八、同第十八号証(但し仁田原猛作成にかゝる陳述書の部分のみ)、乙第三号証の四(但し各名下の算用数字記載部分を除く)、同第八号証の一、同第十、第十一号証、証人小田原為範の証言(第一、二回)により真正に成立したものと認められる乙第三号証の三、同第七号証の一乃至四に右同証人の証言(第一乃至第三回)、申請人仁田原訊問の結果を綜合すれば、申請人仁田原は(イ)組合長辞任後、組合より常任組合長としての在任期間中における有給休暇――これは組合常任者に対する組合内部の有給休暇である。――十八日分に対する買上げ金七千七百八十円の支払を受くるに当り、組合の帳簿上、昭和二十七年六月二十六日に金三千円、同年七月二十五日に金七千七百八十円、合計金一万七百八十円を受領し、金三千円の過払を受けたことになつていること。(ロ)組合厚生部長として在任中、同年十一月の賃闘ストライキに際し、組合が組合員生活対策の一環として生活協同組合――これは組合の附帯事業として組合員に日用品等の販売を行つているものである。以下生協と略称する。――に対し、臨時資金として出資した金三万円につき、申請人仁田原はこれが使用、運営をなし、その結果、金七千円許りの赤字を出しながら、その経緯を組合に報告せず、又、右赤字の返済もなしていないこと。(ハ)組合長在任当時、同年二月二十日頃より同年三月二十日頃までの間において、組合長名義で前後六回に亘り生協より合計金八千三百八十円の立替を受けたにもかゝわらず、生協の帳簿上、いまだこれを返済したことになつていないこと等の事実を一応認めることができる。
然しながら、前記(イ)の事実が申請人仁田原の有給休暇販買上代金の不正過受領、或は組合資金の横領等を意味するものであるか否かについては、この点に関する前記甲第十三号証の三及び二十九並びに証人小田原為範の証言(第一、二回)は後記の各証拠と比較し、容易にこれを信用し難く、かえつて、前掲甲第十三号証の二十三及び二十四、同第十八号証(但し、申請人仁田原作成にかゝる陳述書の部分のみ)並びに申請人仁田原訊問の結果を綜合すれば、申請人仁田原が昭和二十七年七月二十五日、組合より実際に受領した有給買上代金は金四千七百八十円であつて、先に内払を受けた金三千円を控除したものであつたこと、そこで、同申請人は便宜上その日に一括して有給買上金全額七千七百八十円の領収書を組合に提出したものであること、ところが先に、同申請人が内払を受けた金三千円は当時の書記長吉岡一郎がその一存で且つ両人名義で相互金庫から一時立替を受けて支払つたものであつたゝめ、右精算と同時に右吉岡が前記控除金三千円を同金庫に返済すべきであつたにもかゝわらず、同人がこれを他に流用して返済しなかつたゝめ、同金庫の帳簿上、何時までも返済未了として残存し、これが前記一括領収書の存在と相まつて、金三千円の過払あるやに組合員の疑惑を受ける原因となつたこと等の事実を一応認めることができるから前記(イ)の事実は申請人仁田原につき、なんらの不正をも示すものでないこと明らかである。尤も、右申請人が前記三千円の過払の有無につき言を左右にしたことは前掲甲第十三号証の二十四、並びに本件弁論の全趣旨により一応これを認めることができるけれども、右事実はなんら前認定の妨げとなるものではない。
次に、(ロ)の事実が申請人仁田原のなんらかの不正、或いは横領、背任等を示すものであるか否かについて考えてみると、先ず七千円の赤字についてはこれが申請人仁田原の横領又は背任等なんらかの不正行為によつて生じたものであることを認めるに足る疎明は存在しないし、又右赤字を当時組合厚生部長であつた申請人仁田原が組合に返済すべきであるか否かについては、右申請人が本件臨時資金三万円を使用し、運営したことは前認定のとおりであるけれども、生協の経理その他事務一般の監督責任者が組合長ではなく厚生部長であること、生協の経理につき赤字がでた場合厚生部長がその返済の責任を負うていたこと、並びに前記三万円を組合が生協に支出する際、生協が組合に対しこれが返済の義務を負うていたこと、その返済の期限等につきなんらの疎明も存在しないから申請人仁田原が右赤字を組合に返済すべき責任を負うているものということはできない。又同申請人が前記臨時資金運営の結果を組合に報告しなかつたことは前掲甲第十三号証の二十三、及び二十八並びに、同第十八号証(但し申請人仁田原作成にかゝる陳述書の部分のみ)によると、申請人仁田原は当時、厚生部長ではあつても非常任であつたゝめ、常時組合へ出勤することはなく、従つて、日用品、食料品の販売、売上金の出納等生協運営の実権は常任書記長であつた申請外吉岡一郎が握つており、そのため、申請人仁田原も実情を最も良く知悉している同書記長に決算書の作成を依頼しておつたところ、同人の怠慢等でなかなかその作成ができなかつたためであることを一応認めることができるから、右決算書提出のなき一事をもつて同申請人に不正ありとなすことはできない。
次に、(ハ)の事実が申請人仁田原の横領を意味するものであるか否かについて考えてみると、前掲甲第十三号証の二十三、二十八、並びに同第十八号証(但し、申請人仁田原作成にかゝる陳述書の部分のみ)に前認定の如き事実、即ち当時の組合会計の取扱は適任者を欠いていたゝめ極めて放漫、拙劣であつて、金銭出納に関する記帳の形式、手続共に不備が多かつた事実を綜合、考察すれば、申請人仁田原が生協より立替を受けた金八千三百八十円は仁田原個人のために立替を受けたものではなく、組合が生活に困つた組合員に米代として生協より一時立替を受けて貸付けたものであり、たゞ生協より立替を受ける形式として便宜上、組合長の名義を用いたものであること、その後生協の事務員申請外島村孝子が組合長名義による誤解の生ずることを慮つて、古い帳簿を新しい帳簿に記帳し直す等帳簿の整理を始めたため収入、支出の記入洩れその他記帳の内容が混乱し、事実と相違する点が各所に現われてきたが、右立替金は実際において全額生協に返済ずみであること、又組合長名義による生協資金の一時立替は申請人仁田原のみならず歴代組合長も行つてきた慣行であつてなんら異とするに足らないこと。等の事実を一応認めることができるから前記(ハ)の事実もまた申請人仁田原の横領を意味するものではないといわなければならない。尤も前掲甲第十三号証の二十五並びに二十九によれば申請人仁田原は生協立替金の横領を隠蔽するため前記島村に命じて二重帳簿を作成せしめたことが窺い知られる如くであるが、この点に関する右各証拠は措信し得る甲第十三号証の二十八と比較したやすくこれを信用することができず他に申請人仁田原の横領を認むるに足る疎明はない。
なお前掲甲第八号証の一(起訴状騰本)によれば、申請人仁田原は相互金庫理事長として同金庫の金銭出納の監督その他事務全般の統轄者として同金庫資金を業務上保管中、昭和二十七年二月二十七日組合事務所において、現金一万一千円を横領したとの事実を一応窺い知られない訳ではないが、右事実はいかなる根拠によつてこれを認め得るかにつき被申請人はなんらの証拠も提出しないから、申請人仁田原が前叙の如く一切の不正事実の存在を断呼否定している以上これのみによつて同申請人の右横領の処為につき疎明があつたと認める訳にはいかない。
また、真正に成立したことについて当事者間に争のない乙第三号証の二、六(但し各名下の算用数字記載部分を除く)、証人小田原為範の証言(第一、二回)により成立の真正を認められる同第三号証の一、五に同証人の証言(第一、二回)を綜合すると申請人仁田原は昭和二十七年七月十日及び同年八月十日の二回に亘り、組合より給料を不正に受領したかの如き事実が窺われるが、右小田原証人の証言は措信し得る前掲甲第十八号証(但し申請人仁田原作成にかゝる陳述書の部分のみ)と比べ、たやすくこれを信用することができず、他に右給料不正受領の事実を認むるに足る疎明はない。
申請人両名の組合会計にまつはる不正事実の有無については以上仔細に検討したとおりであつて他に申請人両名が単独に又は前記吉岡書記長と共謀して組合資金を横領、費消したことを認め得る疎明は全く存在しない。
2、申請人両名が組合の会計監査に際し監査員に対して暴行、威喝、脅追を加え、又は説得、隠蔽等の行為をなしたか否かについて。
前掲甲第十三号証の二十七及び二十九、乙第二十号証に証人安藤清(第一回)、野見山喜十郎の各証言を綜合すれば一応、被申請人の主張にそう事実が認められるかの如くであるが、この点に関する右各証拠は成立の真正につき当事者間に争のない甲第十三号証の二十一、前掲甲第十三号証の二十三並びに甲第十八号証(但し、申請人仁田原作成にかゝる陳述書の部分のみ)を比較し、にわかにこれを信用し難く、他に申請人等の暴行、脅迫等を認めるに足る疎明は存在しない。
3、申請人等の不正事実又は会計監査に対する暴行、脅迫等のため木城炭坑々所内の風紀、秩序が著しく紊乱されたか否かについて。
前叙の如く申請人等になんらの不正事実も認められず、また、会計監査に対するなんらの暴行、脅迫、説得、隠蔽等存在せざる以上これがあるために被申請会社における風紀、秩序が紊乱されることのあり得ないことはこれまた当然であつて、仮りに一歩を譲り、申請人等に対する右事実の嫌疑のため被申請会社内における風紀、秩序が紊乱したとしても申請人等に右事実の存在せざる以上、これが責任を申請人等が負担すべきいわれのないことはいうまでもないところであるからこの点についての判断は省略する。
三、申請人仁田原に対する第二の懲戒事由の存否について、
1、組合が炭労の組織内において昭和二十七年十月以降炭労と日本鉱業連盟及びこれに属しない炭坑経営者との間に生じた賃金争議につき、炭労の指令により同年十一月十三日以降同月十八日迄の間被申請会社に対し、ストライキ(以下第四波ストと略称する)を遂行したこと、並びに組合が右第四波ストに際し、保安要員の差出を拒否したこと(但し、その範囲については争がある)は当事者間に争がない。
2、そこで右保安要員の差出拒否が如何なる範囲に亘つて実行されたかについて審按する。成立の真正につき当事者間に争のない甲第十三号証の十七、乙第九号証の二、三及び証人安藤清の証言(第一回)を綜合すれば組合は前記第四波ストの第一日、十一月十三日においては別表第一の如く坑外厚生関係を除いて木城炭坑全坑域の坑内外保安業務の完成拒否を実行し、スト第二日の同月十四日以降は起業坑道の五坑にのみ保坑関係四名、排水ポンプ方二名の保安要員を差し出しただけで本坑及び新四尺坑関係は坑外厚生関係を除いてスト終了の四月十八日遂に完全拒否を続行したことを一応認めることができる。
3、次に右保安要員の差出拒否が申請人仁田原の指導力に基因するものであるか否かについて考察する。
前掲甲第十三号証の二十一、二十二、二十三、二十五、二十七、及び二十九、乙第二十号証成立の真正につき当事者間に争のない乙第九号証の一乃至七に証人安藤清の証言(第一、二回)並びに本件弁論の全趣旨を綜合すれば前記第四波スト突入の十一月十三日以前に炭労より組合に対し一定条件の下に保安要員の入坑拒否を示唆する一般的指令が発せられていたところ、被申請会社は右第四波スト以前の第一波乃至第三波ストの際において既に、組合が所属しない職員組合の組合員を使用して採炭(但しこれが保安採炭であるか通常の生産採炭であるかについてはしばらくこれを措く)、撰炭、送炭をなしていたに止まらず、本件第四波ストの際においても同様の採炭、出炭等を行う準備をなしていたので組合側においてこれをスト切り崩し、スト破りとみなし、なんらかの対坑措置を講じようとするの声が起り、当時木城炭坑の保安放棄自体を炭労が事前に指令した訳ではないが、遂に申請人仁田原等の発議で組合が自主的に保安要員の提供拒否をスト戦術として取り上げるに至つたこと、そこで第四波ストの直前、組合斗争委員会――これは組合執行部役員と代議員二十五名を以て構成する――を開いて右保安要員の差出拒否を審議したところ、当時の組合最高指導幹部は甲斐闘争委員長、久保山副闘争委員長、吉岡書記長、中村争議部長及び厚生部長であつた申請人仁田原等であつたがこの中、最も強硬に保安拒否の必要性を主張し、力説したのは申請人仁田原及び前記久保山副闘争委員長等であつて、闘争委員及び幹部中にも、甲斐組合長を始め数名の保安放棄反対者、慎重論者があるにはあつたが大部分は同申請人強硬論、断行論に圧倒され、引きずられて、遂に保安要員提供拒否を議決するに至つたこと、申請人仁田原は本件第四波スト直前の十一月十日より第四波スト継続中における組合対被申請会社の保安要員交渉の際において最も強硬に保安拒否を主張して会社側と対立し、又第四波スト中において保安拒否を現実に実行するに当りピケ隊を指導してこれが実効をはかつたこと等の事実を一応認めることができるから前記保安要員の提供拒否は申請人仁田原(少くとも同申請人を有力分子とする断行論者のグループ)の指導と説得によること甚大なるものがあつたと一応考えざるを得ない。尤も、前掲甲第十三号証の二十一によれば組合闘争委員会における議決権は代議員のみがこれを保有し、組合執行部はたゞ委員会において、発議し、意見を述ぶるに止まること、従つて前記保安拒否の議決も実際においては申請人仁田原等を除く代議員のみの議決によつて行われたこと等の事実を一応認めることができるが右議決が実質上申請人仁田原等の説得と指導に基因するものであること前認定の如くである以上形式的に議決権なき一事を以ては前認定を左右するに足らずその他右認定を覆えすに足る証拠はない。
4、そこで組合の行つた本件保安要員の差出拒否が違法なる争議行為であるか否かについて判断する。(尤も本件は昭和二十八年法律第一七七号所謂スト規制法の制定、施行以前のことであるから同法に違反するや否やは一応別論とする。)
元来、炭坑においてストライキ中組合側が保安要員の提供を拒否したり、又は保安要員を引揚げたりする行為は現に何人も入坑していないときにおいて保安要員の差出を拒否するものであるから人命の安全をなんら害しないこと明白であつて、人命の安全保持を目的とする労働関係調整法第三十六条に所謂、工場、事業場における安全保持施設の正常な維持又は運行を停廃し、またはこれを妨害する行為に当らないことはいうまでもない。従つて、右保安要員引揚の結果、使用者に如何なる経済的損失が生じてもこれがために当然右行為が違法となることはあり得ないというべきである。然しながら本来、労働者の争議行為というものは、労働者が使用者との間に個別的労働関係即ち雇傭関係を存続せしめつゝ、その基盤の上に、集団的、組織的行動を以て使用者から有利な労働条件を獲得し、職場に復帰することを目的とする一つのかけ引き又は自己発展のための方便にしか過ぎないから争議行為の結果、全体としての労働者が論理的に又は事実上、職場復帰の可能性を全く奪われるか又は奪われてしまう虞れある場合には当該争議行為はそれ自体許されないものといわなければならない。従つて、炭坑における保安要員の入坑拒否の如く一般的にみて、坑内の溢水、落盤、自然発火、ガス爆発、有毒ガス充満等の非常事態を導き炭坑を廃坑に陥らしめ、石炭資源を滅失せしめる公算大なるものは斯かる事由の存在せざる特段の事情なき限り争議終了後、労働者の職場復帰を不可能にする虞れある行為としてそれ自体争議行為の範疇に属せず、仮りに属するとしても許されないものといわなければならない。
そこで、これを本件について考えてみると、本件保安放棄が六日間に亘る第四波ストのときにおいてなされたものであること前認定のとおりであり、又現に何人も入坑していないときにおいてなされたものであることは本件弁論の全趣旨に徴し明白であるから労調法第三十六条に違反しないことはいうまでもないが、職場復帰を不可能にするおそれある行為であるか否かについては前掲甲第十八号証(但し申請人両名並びに山本経勝連名の最終陳述書中、福岡石炭局伊東石炭課長の証言記載部分のみ)に証人篠崎季視の証言を綜合すれば、本件第四波スト当時、木城炭坑における坑内状況は通気、坑道ともに差し迫つた危険状態と目すべき程度には達していなかつた事実が一応認められるけれども、この一事のみを以ては本件第四波当時、同炭坑における坑内保安状況が極めて良好なものであつたとの疎明ありとは認め難く、他に本件保安要員の入坑を拒否しても坑内における溢水、落盤、自然発火、ガス爆発等の非常災害を招来する可能性なき特段の事情を認むるに足る疎明は全く存在しない。のみならず、かえつて前掲甲第十三号証の十七、乙第二十号証、真正に成立したことについて当事者間に争のない甲第十三号証の十八、乙第一号証の一乃至三、証人篠崎季視の証言により成立の真正を認められる乙第十二乃至第十五号証に証人篠崎季視、安藤清(第一、二回)の各証言を綜合すれば、最近、木城炭坑では坑内におけるガス爆発、自然発火等の事故は起つていないが以前においてはメタンガス等の可然性ガスの発生が多くて数回のガス爆発、自然発火があつたこと、そこで被申請会社は経営上多大の犠牲を払つて、ガスの少い新坑を起業し、坑内ガス管制に努力したこと、かゝる理由から被申請会社では坑内保安特に坑内のガス排除、通風系統の維持に心を用いていたこと、本件第四波スト当時木城炭坑の坑内可然性ガスは直接非常事態を惹き起す程滞留はしていなかつたけれども、法規の定める制限含有量を超えた注意すべき状態にあり、所によつては相当憂慮すべき滞留量に達していたこと。又坑内の天盤状況も必ずしも良好ではなく第四波スト直後排気坑道の落盤事故が頻発する位であつたこと。かゝる事情により被申請会社では賃鬪ストの全期を通じ新四尺坑左十七片払、本坑新七尺区右三片払等通気系統の要所であつて、しかも天盤が不良なるため適度の採炭をして切羽の進行を計らねば崩落して通気を閉塞する虞れある個所の保安採炭(これは保安維持のみを目的とする採炭である)を行つたこと等の事実を一応認めることができる程であるから組合の行つた本件保安要員の差出拒否が争議終了後、全体としての労働者の職場復帰を不可能にする虞れある行為として許されざること明らかである。
5、そこで、右の如き違法なる保安要員の入坑拒否を申請人仁田原が指導した事実が懲戒事由として前記就業規則第六十一条の被申請人主張の各号中第何号に該当するかについて考えてみると、第一号、第二号、第六号、第十号の相互の関係異同等よりみて第十号「その他事業に損害を与えるか又は不都合行為をなしたもの」に該当するものといわなければならない。
四、申請人仁田原の懲戒解雇に値する情状の存否について、
1、そもそも、懲戒解雇は企業における生産過程の中にその有する労働力を位置ずけ、組織ずけられた労働者の行為が企業の経営秩序を乱し、その完全なる運行を阻害することにより企業の生産性を減少した場合に経営権の主体たる使用者より加えられる懲戒処分中最も厳重なるもので、当該労働者との雇傭契約を一方的に解除する意思表示たるに止まらず、精神的、社会的に労働者の名誉感情を毀損し、また経済的にも一般解雇はもとより他の懲戒処分に比較して格段の不利益を随伴するを通常とする。従つて、懲戒解雇の場合には一方において使用者側に労働者の懲戒事由を誘発したり、信義に反する行為をする等その責に帰すべき事情の存在せざることを要し又他方において労働者側に改唆の見込全く存在せざるため、同人を減給又は出勤停止等軽度の処分に付して反省の機会を与えることが全く無意味であつて、当該労働者を企業内に存置することが企業の経営秩序を乱し、その生産性を阻害すること明白な情状あることを要する。若し、かゝる情状なき場合には使用者は懲戒解雇以下の軽い処分に付すべき拘束を受け、懲戒解雇に付するを得ないものといわなければならない。本件就業規則第六十二条が懲戒処分に一、解雇、二、謹慎、三、罰俸、四、譴責、五、有給休暇取消と五段階を設定し、又その第六十三条が右各処分の内容を仔細に規定し、その異同を明白にしているのはまさに、右の理を当然の前提として定立されたものというべきである。
2、そこで、これを本件について考察する。先ず申請人仁田原等の指導により組合が本件保安要員の提供拒否を実行した際、被申請会社にもなんらかその責に帰すべき事情が存在しなかつたかどうかについて考えてみると、前掲甲第十三号証の二十一、二十二、二十三、二十五、乙第二十号証、申請人仁田原訊問の結果により成立の真正を認められる甲第十二号証、同申請人訊問の結果並びに本件弁論の全趣旨を綜合すれば、本件第四波スト当時、木城炭坑において保安採炭という名称もなく、また保安採炭自体、坑内通気系統の保全を目的とする作業とはいえ、その外形が採炭切羽作業である関係上、組合側にとつてはとかく通常の生産採炭作業と同視せられやすい状況にあつたこと、被申請会社においては本件第四波以前の第一波乃至第三波ストの当時においても、また本件賃闘スト以前の昭和二十七年五月の退職手当ストの際においても常に組合員以外の職員又は助手等を使用して保安採炭を行い、しかもその採炭は組合の保安要員提供の下になされ、その上、坑口出炭、選炭、送炭等の作業まで行つたゝめ(尤も実際においては、この中、選炭、送炭等は大部分保安採炭とはなんらの関連性なき被申請会社租鉱権炭坑のための作業であつたのであるが)組合側にとつてはとかくスト切り崩しのための生産採炭一貫作業、しかも組合の保安要員提供による庇護の下に公然行われるスト破りと誤解され、組合側をしてフェアプレーの原則を踏みにじる行為と憤慨させていたこと、然るに被申請会社は組合に対し、会社の行う採炭作業が通常の生産採炭ではなくて保安採炭であること、その必要欠くべからざる理由及び撰炭、送炭が通常の生産採炭に伴う一貫作業にあらざることを納得し、諒解のいくまで説明してその誤解を払拭するに足る十分な努力を払わなかつたため、組合側の保安要員提供に対する熱意を著しく減殺せしめたこと、のみならず、一方において炭坑の保安維持の義務は組合側にのみ存するかの如き口吻と態度とを以て保安要員の提供を要求し、他方において多数の職員、又は助手等を動員して採炭実施の準備を整えたため、遂に組合側を刺激してこれに対するなんらかの対坑手段を講ぜざるを得ない状態に追い込んだこと、等の事実を一応認めることができるから、本件保安要員の入坑拒否に当り、全く被申請会社に過失なかりしものとは認め難く、被申請会社自体、先ずもつて自らの行動を反省すべき余地あるものといわなければならない。
次に申請人側の情状について考えてみると、前掲甲第十二号証、同第十三号証の二十一、二十五、乙第九号証の一、同号証の四乃至七、同第二十号証、申請人仁田原訊問の結果並びに本件弁論の全趣旨を綜合すれば、組合が本件保安要員の提供拒否を断行した動機はあくまで被申請会社の行う前記採炭、撰炭、送炭をスト切り崩しのための生産採炭一貫作業と考え、その心理的作戦に対坑せんとするためのものであつたこと、そのため、被申請会社が職員による採炭や坑口出炭等を中止するならば、組合はいつなんどきでも保安要員を入坑せしむる意思であつたこと、本件第四波当時、組合側では木城炭坑における坑内条件が保安採炭をなさなければならない程不良のものであることは認識しておらず、まして保安放棄の結果、坑内が復帰不可能のものになるとは全く予想していなかつたこと、又当時、被申請会社には組合員以外に職員、助手等の非組合員が約百名あり、従つて、たとえ組合が保安要員の入坑を拒否しても、会社側において充分坑内保安を維持する能力があると考えていたこと、事実第四波ストの全期間に亘り、会社側の手によつて木城炭坑の坑内保安が維持されたこと、組合は保安拒否に当り、会社側の就業命令によつて入坑せんとする組合員を暴力によつてまで阻止しようとはせず、又会社側要員たる職員、助手等の入坑については全くこれを阻止しなかつた等の事実を一応認めることができるから本件第四波当時、組合側に保安放棄を実行するにつき、慎重な配慮と理性を欠いていたことはいうまでもないが、自己の職場を復帰不可能にならしめてまで保安放棄を断行しようという程の積極的な意図は存在せず、恕すべき点もない訳ではなかつたものといわなければならない。
そこで進んで申請人仁田原個人の情状について考えてみると、前掲甲第十二号証に同申請人訊問の結果を綜合すれば、申請人仁田原は昭和十三年十二月二十八日、本件木城炭坑に坑内夫として雇傭され、本件解雇当時まで勤続実に十四年以上に及び中堅優良坑員であることを一応認めることができ、他に同申請人が出欠たゞならず、勤務成績不良なる等、坑員たるの適格を具備しないことについての疎明は全く存在しない。
3、してみれば、右の如き情状の下においては申請人仁田原を謹慎、罰俸、譴責等の軽い処分に付してこれに反省の機会を与えることが全く無意味なことであるとは毫も考えられず、況んや、同申請人を申請会社に引続き存置せしめることが被申請会社の経営秩序をみだし、企業の生産性を阻害するに至ること明白なるものとは全く考え及ぶことができない。即ち、申請人仁田原には懲戒解雇に値する程、不都合な情状は存在しなかつたものというべきである。
五、以上のとおりであるから申請人等に対する本件解雇の意思表示は先ず申請人西村についてはなんら懲戒解雇に該当する事由なきにかゝわらず解雇に付した違法があり、一方、申請人仁田原については違法なる保安要員の提供拒否を指導した点において懲戒事由が存在するけれども、懲戒解雇に値する程悪性の情状存在せざるにかゝわらず一挙に飛躍して解雇に付した点において違法があり、いずれも、懲戒解雇に関する就業規則の正当な適用を誤つたこと明白で法律上無効といわなければならない。
従つて、申請人等はいずれも被申請会社の従業員としての地位を回復し、本件解雇当時の労働条件に従つて待遇せられなければならない。
六、仮処分の必要性について、
前掲甲第十一、第十二号証に申請人両名訊問の結果(但し申請人西村については第一、二回)を綜合すれば、申請人西村は妻及び子供一人、同仁田原は妻及び子供三人の各家族を擁し、従来いずれも申請人等の給料によつて生活を維持してきたこと、申請人西村は昭和二十七年十一月十二日、本件木城炭坑々内において作業中、落盤事故のため、背椎骨折の障碍を残す負傷を受けて重労働困難なること申請人両名は本件解雇後、生活のため、やむを得ず一時、百浦炭坑(これは木城炭坑の附近にある他会社の炭坑である)においてアルバイトをしていたが、その後、事業縮少による会社の都合でこの炭坑をも解雇され、現在失職中であること、のみならず、申請人仁田原は右アルバイト炭坑で落盤事故により骨盤骨折等の大負傷を受け身体の自由思うに任せぬ状態であること等の事実を一応認めることができる。従つて、申請人等が現下の社会経済状勢のもとにおいて解雇が一応無効であるにもかゝわらず本案判決の確定に至るまで解雇者として取扱われることは著しい経済上の不利益であるのみならず、従業員としての待遇を停止されることによつて蒙むる労働意欲の減退その他の精神上の苦痛は甚大なるものがあるといわなければならない。
七、よつて本件仮処分申請は爾余の点について判断をなすまでもなく正当であるからこれを認容し、申請費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古川初男 山本破竹郎 古川純一)
(別表第一)
坑内の部
本坑
新四尺坑
五坑
の全域
部門
会社側要求人員
労組側差出人員
備考
保坑関係
一六
〇
主として不良坑道及通気風道の仕操夫及通気大工
排水関係
一〇
〇
坑内排水ポンプ方
通気関係
三
〇
坑口排気主扇風機運転夫
ガス検定手
四
〇
坑内爆発ガス観測検定に従事する者
坑外の部
火薬庫番
三
〇
坑外火薬庫の看視並に火薬類の出納に従事する者
電気関係
一
〇
非常時対応の当直電工
安全灯室
三
〇
坑内安全灯の整備並に充電業務に就く者
厚生関係
一八
一八
給水ポンプ、売店、浴場関係従業員、独身寮炊事婦
其の他
五
五
事務所小使(電話係)
計
六三
二三
(別表第二)
坑名
十一月
十三日
十四日
十五日
十六日
十七日
十八日
計
新四尺坑
左十七片払
稼動人員
一八名
二〇名
二〇名
五八名
出炭
二五函
三〇函
二五函
八〇函
本坑
新七尺区
右三片払
稼動人員
二〇名
二〇名
四〇名
出炭
三〇函
三〇函
六〇函
備考 平常採炭の場合
A 新四尺坑左十七払 稼動人員二〇名前後にて毎日一一〇函程度出炭
B 本坑新七尺区右三片払 稼動人員十五名前後にて毎日 九〇函程度出炭